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リハビリ専門職(作業療法士)の私が、肩こり、肩の痛み、腰痛、膝痛、骨盤トレーニングなど、「自分でできる」をキーワードに対策方法を伝授します。

依存症、アディクション(嗜癖)に関する家族心理と行動

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依存症やアディクション嗜癖)の関連問題には、家族関係が挙げられます。家族が本人の問題に巻き込まれ、また問題の維持に働いてしまうこともしばしば見られることがあります。その一方で、本人が問題を認め、回復していくためには家族の影響力も大きくあります。今回、依存症やアディクション嗜癖)に関する家族心理と行動について、文献を参考にまとめていきたいと思います。

 目次

依存症、アディクション嗜癖)に関する家族心理と行動

依存症とその家族が置かれる状況

依存症やアディクション嗜癖)では、本人はそれを継続して行うために家族はまき込まれていきます。
本人は問題を最初は認めませんが、家族はその違和感に一番最初に気づく可能性が高いといえます。発見後、その問題をなんとかしようと努力をすることになりますが、本人はそれに対してアディクションを継続しようとします。
そのため本人は嘘や合理化、責任転嫁などを行い、一方家族は説得、怒る(叱る)、約束させる、「好きにすればいい」などと逆説的なコミュニケーションをとる場合もあります。
経過の中で、本人が行為を起こさないように時間、お金など環境の管理を行おうとし、それに対して本人はどうにかして行為を行おうとしますが、こうなってくるとコミュニケーションとしての言葉は意味をなさなくなり、怒りの感情が溢れてくるようになります。
進行するまで問題が見つからなかった場合、いきなり家族は借金や職場の解雇、逮捕などを知ることになり、本人は一気に信用を失ってしまうことになります。これもまた本人と家族との間で契約や約束がなされ、その事に対して「またやっているんじゃないか」と疑心暗鬼のコミュニケーションとなる可能性が高くなります。

依存症、アディクションとイネイブリング

イネイブリングとは悪習慣であるアディクションを可能にしてしまう行為を指します。
これに家族が一役買ってしまう場合があります。
依存症やアディクションは悪習慣であり、体調・経済・職場・会社・家庭などの問題が生じます。この時家族は借金の清算や職場・学校への調整などを必死に行うことになります。
特に子供がアディクションを行っている場合には、問題は家族として取り組むことになります。
このとき、家族が主に方向性を決めて問題を解決していくことになりますが、本人が問題に主体的に取り組めていないで問題がなんとかなってしまうと、本人がアディクションの問題に向き合わずに継続することを助長してしまう事が考えられます。

家族に訪れる危機

アディクションが物質乱用などで継続して行われると、精神障害や身体障害を生じる可能性があります。その場合家族は本人の介護を担う事になります。
また依存症、アディクションにより本人が事件や事故を起こしてしまうと、逮捕や収監もありえるため、家族が手続きなどで奔走することになります。

回復と家族の先の見えない不安、失望感

治療やリハビリテーションが始まっても、回復家庭には「スリップ」と呼ばれる再使用・再発が見られることがあります。
リハビリテーションでは、本人の心理教育がある程度完了すると、自助グループにつなげていくことで再発防止を行っていきます。
このときの家族心理として、リハビリテーションが始まっているが先は見えずに不安もあることから、本人や援助方法、援助機関に対する失望感が大きくなってしまいます。
またアディクションをやめ始めた時に起こりやすい問題として、

”問題になっていたアディクションさえやめればいいい”という本人の割り切った心理に巻き込まれます。「薬をやらずに酒ならいいだろう?(薬物依存)」「日用品だから(いくつ買っても)OK?(買い物依存)」「違法でなければOK(性嗜癖)」など。こうした問いかけそのものが、形を変えてアディクションへの欲求充足の姿勢であり問題なのですが、生活をともにしている家族はそれならと了解したり、懸命に答えを探し出そうとしたりします。

対人援助職のためのアディクションアプローチ P121

というようなことがあります。
突然発覚する問題では、やめているかどうかが普段見えないため、大丈夫かもしれないという期待と再発しているのではないかという不信感が同時に存在し、この方が信頼関係を構築するのに時間がかかります。

孤立と偏見

アディクションでの行為が社会的にあまり認知・理解されていない場合、問題が起きたときに「家族が見守って当然」「家族が関わらないとダメ」など、家族ケアを当然とする見方や、お金の問題を家族が解決する事に期待したり、家族が原因でアディクションが生じたというような見方をされる場合があります。
特に子供がアディクションを使用している場合、親は社会的批判を受けているように感じやすく、自分たちを責めてしまう傾向にあります。
この考え方は、アディクションの問題が自分たちの子育ての仕方に問題があったからだと恥となり、いっそう問題を隠すようになりかねません。
愚痴レベルでは他者に言えても、しっかりと相談するには至らないことが多くなります。
このことから、援助職は家族に対する全体的な理解を深めていくことが大切になります。

引用・参考文献